今回の記事では、IFRS 【S2】の詳細な内容について解説いたします。
※IFRSやS1については下記記事をご参照ください。
目次
IFRS 【S2】は【S1】とどう違うの?
IFRS S2は「Climate Related Disclosures:気候関連の開示」についてのルールが記載されているものです。
IFRS S1ではサステナビリティ関連全般についてのルールが記載されていたのに対して、IFRS S2はサステナビリティの中でも特に重要なテーマである「気候関連」に絞って、詳しいルールが記載されているという位置付けになっています。
「気候関連」には、例えば温室効果ガス排出量などが含まれます。
IFRS 【S2】の概要は?
IFRS S2は、以下の項目によって構成されています。
1.目的
2.スコープ(範囲)
3.主要な内容
4.付記
目的、スコープ、主要な内容が含まれているという意味でIFRS S1の内容と似ており、実際に内容が重複している項目も多数存在します。
今回の記事では、S2に記載されているがS1には記載されていない内容、すなわち気候関連に限定的な開示内容について詳しく解説いたします。
【S2】の目的って?
S2の目的はIFRS S1の目的とほとんど変わらず、「サステナビリティ関連」が「気候関連」に置き換わっているだけです。
IFRS S2の目的は、「一般目的の財務報告の利用者が、投資判断の際、有用な企業の気候関連のリスクと機会に関する、情報の開示を要求すること」です。
【S2】の範囲は?
IFRS S2の適用範囲は、気候関連のリスクと機会です。
特にリスクについては、物理的リスク、移行リスクの2つに分類されています。
これらの定義について、付記では以下のように記載されています。
気候関連の物理的リスク
気候変動に起因するリスクのうち、特定の事象に起因するもの(急性物理的リスク)と、気候パターンの長期的な変化に起因するもの(慢性物理的リスク)があります。
【急性物理的リスク】
暴風雨、洪水、干ばつ、熱波などの天候に関連した事象から生じます。
【慢性物理的リスク】
降水量や気温の変化が挙げられ、これは海面上昇、水利用の減少、生物多様性の損失、土壌生産性の変化につながる可能性があります。
🌸資産への直接的な損害や、サプライチェーンの混乱による、間接的な影響から生じるコストなど、事業体に財務的な影響を及ぼす可能性があります。
気候関連の移行リスク
低炭素経済への移行努力から生じる。
【政策リスク】、【法的リスク】、【技術的リスク】、【市場リスク】、【風評リスク】
🌸これらのリスクは、新たな気候関連規制、改正に起因する事業コストの増加、資産の減損など、事業体に財務的影響を及ぼす可能性がある。また、消費者の需要の変化や新技術の開発・導入により、企業の財務業績が影響を受ける可能性もあります。
【S2】の主要な押さえておきたい内容!
この項目では、ガバナンス、戦略、リスク管理、測定と目標の4つについて記載されています。
これはIFRS S1に記載されている主要な内容と同じであり、ガバナンス・リスク管理については「サステナビリティ関連」が「気候関連」に置き換わっているだけのものです。
そこで、気候関連独自の開示内容が求められる項目である戦略・測定と目標について詳しく解説いたします。
戦略
IFRS S1に記載されているのと同様に、戦略については
- リスクと機会
- ビジネスモデルとバリューチェーン
- 戦略と意思決定
- 財政状態・業績・キャッシュフロー
- レジリエンス
の開示が求められています。それぞれについて解説いたします。
1. リスクと機会 | 気候関連のリスクの場合、前述の物理的リスクなのか、移行リスクなのかという分類を示す必要があります。 |
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2. ビジネスモデルとバリューチェーン | IFRS S1に記載されているサステナビリティに関する開示内容と同じ開示内容が求められます。 |
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3. 戦略と意思決定 | 企業は、気候関連のリスクや機会について、企業の戦略や意思決定において、どのように対応するのかを開示する必要があります。 特に、企業自身が設定した気候関連の目標や、法律や規制によって達成しなければならない目標に対する計画を公表しなければなりません。 具体的には、以下の内容の開示が求められます。 |
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・企業の現在及び将来のビジネスモデルへの想定される変化
例)炭素、エネルギー、水を大量に消費する事業の管理や廃止の計画など
・企業の現在及び将来の直接的な緩和・適応策
例)生産工程や設備の変更、施設の移転、従業員の調整、製品仕様の変更など
・企業の現在及び将来の間接的な緩和・適応策
例)顧客やサプライチェーンとの協働を通じた取り組み
・気候変動に関連する移行計画について
→計画に使用した主な仮定や計画の根拠となる情報を含む
・温室効果ガス排出量目標を含む、気候変動に関連する目標の達成方法
4. 財政状態・業績・キャッシュフロー | IFRS S1に記載されているサステナビリティに関する開示内容と同じ開示内容が求められます。 |
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5. レジリエンス | 「レジリエンス(resilience)」とは、「回復力」や「耐久力」といった意味があり、困難な状況に耐える力、そこから立ち直る力のことを意味します。 気候変動という文脈における「レジリエンス」は、企業の経営戦略やビジネスモデルの、気候変動に対応する能力のことを言います。 企業が自社の経営戦略やビジネスモデルの「レジリエンス」を評価する際、シナリオ分析の使用が求められています。 したがって、開示においては、シナリオ分析をどのように行ったか、また自社のレジリエンスをどう評価したか、の2点の開示が求められます。 |
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シナリオ分析の詳細
以下の内容の開示が求められます。
・分析に使用した気候シナリオとその出典
・分析に複数の気候関連シナリオが含まれているか
・シナリオは移行リスクと物理的リスクのどちらに関連するか
・企業が、気候変動に対する自社の経営戦略やビジネスモデルをどのように評価しているのか
・気候変動へのレジリエンスに関して、不確実性が高いと考えられる分野
・気候変動に関する最新の国際合意に沿ったシナリオを使用したか
・用いたシナリオがレジリエンスを評価する上で適切だと判断した理由
・分析に使用した時間軸
・分析に使用した事業体の事業範囲
・分析における主要な仮定
→事業体が事業を行う地域での気候関連政策、マクロ経済動向、国や地域の特徴、エネルギー使用量と電源構成、技術の発展等
レジリエンスの評価
以下の内容の開示が求められます。
・シナリオ分析によるレジリエンスの評価結果が、企業の経営戦略やビジネスモデルをどのように左右するのか
・評価における不確実性の高い部分について
・短期・中期・長期的に経営戦略やビジネスモデルを気候変動に適応させていくための企業の対応能力
測定と目標
IFRS S2では、測定指標や設定した目標について、何を公表すれば良いのかが詳細に記載されています。
気候関連の測定指標 | 業界横断的な測定指標については、以下の情報を開示する必要があります。 |
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・Scope1~3の温室効果ガス排出量
・温室効果ガス排出量の測定方法(手法、インプット、前提条件や仮定)
・移行リスク、物理的リスク、機会に関連した資産または事業活動の量と割合
・機会やリスクに対して投下された資本支出
・インターナルカーボンプライシング(適用の有無や適用方法、価格について)
また、業界別の測定指標については、「産業別開示要求(Industry-based Guidance on Implementing IFRS S2)」が公表されています。
この開示要求は現段階では「追加的な要求事項ではない」と明示されており、必ずしもこの要求に沿った開示をする必要はありません。
ただし、これはISSBが産業別開示要求の作成途中であるからであり、将来的には産業別の開示も要求されると考えられています。
※産業別開示要求も昨年6月の草案公開時点で一度公表されており、草案の日本語訳も存在します。
S2基準案 付録B「産業別開示要求」
自社の該当する産業にどのような開示内容が求められるかが気になる方は、以下のサイトから各産業の開示要求をご覧ください。
気候関連の目標
気候関連の目標 | 企業自身が設定した目標や、法律や規制によって要求されている目標について、定量的・定性的に開示しなければなりません。 各目標について、以下を示す必要があります。 |
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- 使用された測定指標
- 目的
- 対象範囲
- 対象期間
- 進捗測定の基準となる期間
- 中間目標
- 絶対性・相対性 等
また、目標に対する進捗の管理方法(第三者の検証の有無、見直しのプロセス、進捗のモニタリングに使用する指標等)に関する情報の開示も必要です。
さらに、温室効果ガス排出目標ごとに、以下の開示が求められます。
- 対象となる温室効果ガスの種類
- 総排出量か正味の排出量か
- セクター別脱炭素アプローチで導かれたかどうか
- オフセットのための炭素クレジットの使用予定 等
最後に
今回の記事では、IFRS S2の中でも特に重要だと考えられる部分についてピックアップして説明いたしました。
全ての開示事項については触れられていませんが、この記事を通して開示内容の全体像が少しでも明確になれば幸いです。