今回は、中小企業がSBT(SME)に申請する際に紹介されている、温室効果ガスプロトコル(以下GHGプロトコル)のひとつ、「製品基準」についてご説明します。
この資料は、全部で140ページ以上ある難しい内容の文章です。翻訳は弊社の調べでは公開されていません。
この資料の内容を各中小企業が把握するのはとても大変なので、翻訳を公開するとともに、簡単に内容をまとめました。
とはいえ、難しいと感じる方も多いと思いますし、非常に長いです。
概要を把握したい際にご活用ください。
目次
SBTで知っておくべき【製品基準】はどこに掲載されてるの?
中小企業がSBTに申請する場合、SBTのホームページの“SET A TARGET”の中の“SUBMIT”の項目の4つめのリンクから、“SBTi Target Validation Application for Small and Medium-Sized Enterprises (SMEs)”(中小企業のためのSBTiターゲット確認申請)というフォームに必要事項を入力します。
このフォームの2ページ目に、リンクがたくさん貼られているところがありますが、ここはSBTを申請するうえで企業側に確認を求めているサイトや資料を紹介したものです。
その重要書類の中で、今回は一番上の“Greenhouse Gas Protocol”(GHGプロトコル)という規則、さらにその中の“Product Standard”(製品基準)という書類をご紹介します。
※「製品基準」という呼び方は本記事内での呼び方であり、正式名称ではありません。別の名前で呼ばれる場合もありますのでご了承ください。
製品基準でなにができる?
この書類、原題は“Product Life Cycle Accounting and Reporting Standard”(製品ライフサイクルのGHG算出及び報告基準)となっており、略称で製品基準(Product Standard)と呼ばれています。
製品基準はライフサイクルアセスメント(LCA)の一部であり、企業が生産する製品が一生のうちに排出・吸収する温室効果ガス(GHG)の量を算出し、公表するために必要な要件を提示しています。
これを用いて自社の製品の今のGHG排出量を「見える化」することで、環境への負荷が高い製造工程の特定につながり、そこから製品のエネルギーコストの削減、環境負荷低減による他社製品との差別化など、更なる市場価値を生み出すこともできるようになります。
製品基準の内容
製品基準は、GHG排出量を算出する手順に従って14の章に分かれており、章ごとに、手順を行う上で守らねばならない要件が記載されています。ここでは、何を守らなければいけないか、どういった点が重要かについて、算出の手順に沿って簡単にご紹介します。
算出と報告に必要な「基本の5原則」ってどんな内容?
第4章では、GHG排出量の算出とその報告における5つの原則について述べています。5つの原則とは、
- 関連性
報告書を見る人が求めているものを、わかりやすく提示すること。 - 正確性
過不足なくGHG排出量を算出すること。やむを得ず算出対象から外す工程がある場合は、その正当性を証明すること。 - 完全性
使用したデータや方法などは、経年比較できるように選択すること。 - 一貫性
首尾一貫してすべての問題について取り上げ、使用したデータや方法を開示すること。推定を含む場合はそれを明確に説明し、誤解や誤伝達を防ぐこと。 - 透明性
算出量が実際の排出量に近似できるように、不確実性をできるだけ排除すること。報告書の信頼性が保証できるよう、十分な精度を確保すること。
の5つです。
この5原則をしっかり守ることで、報告書が正確で公平であると保証できるようになります。逆に、これらを守っていないと、株主や消費者などのステークホルダーに不信感を与えかねません。排出量の報告書を作成するにあたって、非常に重要な原則です。
GHG算出の範囲はどう決めればいい?
第6章では、排出量を算出する際の「範囲」――どのGHGを計上するか、どの製品を調べるか、製品何個単位で調べるか――などの決め方を説明しています。
特に重要なのは、分析単位の決定です。製品の目的や機能を元に、分析単位や耐用年数、分析単位を満たすために必要な製品の量(基準フロー)などについて決める必要があります。
ここでの定義の仕方が、その後の算出過程や結果に大きく影響してきます。例えば、耐用年数が実際より短く設定されていれば、製品が一生に使う電気量は少なく計算されてしまうでしょう。範囲の設定は、GHG算出において非常に重要なステップとなります。
算出する工程の「境界」って?
下の図は、製品の一般的なライフサイクル(製品の一生)を表しています。GHGを算出している企業はまず、このライフサイクルを元に、調査する製品の工程表を作成する必要があります。
その後、どの工程が排出量算出の対象として扱われるかを決める必要があります。とはいえ、製品を作るために必要な工程は、原則としてすべて算出の対象としなければなりません。
一方で、排出量のデータが不足しており、代替データも用意できず、なおかつそのデータ自身があまり重要でないと企業が判断した場合に限り、その正当性と重要でない根拠を述べた上で算出の対象外とすることができます。
また、それとは別に、調査対象の製品と直接関わらない工程は算出の対象外とすることもできますし、そのような工程でも、企業にとってGHGが削減できる重要な工程だと考えた場合は算出の対象に入れることができます。
どんなデータを集めるの?
ここからはいよいよ、GHG排出量の算出に向けて排出量のデータを収集していきます。
先ほどご紹介した5原則の中に「透明性」の原則がありましたが、算出結果の透明性を確保するには、算出のもととなるデータの品質が非常に重要になります。報告書全体の質を大きく左右する過程のため、データの収集は最も労力を割くべき過程なのです。
排出量算出に使うデータには、排出量を直接計測した直接排出データ、投入したエネルギー量や材料の重さ、移動距離などを表した工程活動データ、使用した石油の料金など金銭的価値を示した財務活動データがあります。
さらに、データの出所によって、製品の実際の電気使用量などから算出した一次データと、電気使用量の年間平均や業界平均など、実測値ではないデータから算出した二次データに分けられます。
データの品質を評価するには?
前節で紹介したデータの種類の説明を見てみると、一見、間接的に計算された二次データよりも、製品について直接計測を行った一次データのほうが正確なデータだと思うかもしれません。
しかし、この例に限らず、「どのデータのほうが良い、悪い」というのはすべて単なる思い込みであり、データの質が悪ければ一次データでも全く使えないこともあります。
データの品質を評価するために、ここでは5つの指標が紹介されています。企業はこの指標をもとにデータ評価を行い、最終報告書に「使用したデータの品質」と「品質改善のために行っている取り組み」を記載する必要があります。5つの指標について簡単に説明すると、
- 技術的代表性
製品に実際に使用している技術とどれだけ近い技術のデータを用いたか。【例】LED電球の製造ラインのGHG排出量を調べる際、白熱電球の製造ラインの二次データをもとに算出したら、技術的代表性はあまり良いとはいえません。
- 時間的代表性
どれだけ新しいデータを用いたか。【例】10年以上前のデータは、時間的代表性の点で見れば非常に品質の悪いデータです。3年以内のデータを用いることが良いとされています。
- 地理的代表性
製品のライフサイクルが行われる場所にどれだけ近いデータを用いたか。【例】埼玉の工場から東京の小売店までの製品のトラック輸送のGHG排出量を調べる際、アメリカのトラック輸送のデータよりも関西圏のデータのほうが地理的代表性の高い品質の良いデータだと捉えられます。
- 完成度
季節変動や算出期間などが、算出している製品をどれほど代表しているか。【例】クーラーの使用時におけるGHG排出量を算出する際は、季節によって使用量の変動が大きいことを考慮したデータを用いるべきです。
- 信頼性
情報源やデータ収集方法、手順がどれだけ信頼に足るものか。【例】推測が含まれるデータや検証が済んでいないデータは、信頼性が低いデータだとみなされます。
といった感じになります。この5つの指標をできるだけクリアしていくことが、よりよい報告書を作るために重要となります。
同じ工程で別の製品も製造している場合は?
製品を製造する過程で副産物を生みだしたり(例:豆腐の製造過程でおからが作られる)、製品を輸送する際にほかのものと一緒に運んだり(例:りんごの貨物輸送の時に他の果物と同じコンテナで運ぶ)することも多いと思います。
製品基準では、他の製品と共通の工程を含む場合は、調査対象製品に使用するエネルギーや物品が、他の製品のライフサイクルにも使われているとみなされます。
前者の例では、豆腐の製造過程で排出するGHGの一部はおから生産のために使われていますし、後者ではりんご輸送のために使ったエネルギーは他の果物の輸送のためにも使われているとみなされます。
このような場合、それぞれの工程で排出されたGHGは、豆腐とおからに、もしくはリンゴと他の果物に分配する必要があります。この作業をここでは割り当てと呼びます。
割り当ては仮定に基づいた排出量の分割のため、実際のGHG排出量を反映していない可能性があるという点で、報告書の不確実性(後述)に影響を与えます。そのため企業は、割り当てをなるべく防ぐか、少なくしなければなりません。
豆腐の例であれば、生産工程を「大豆を絞る工程」「凝固する工程」「型出しの工程」というふうに分割し、工程を細分化することで、おからとGHG量を分割する工程を「大豆を絞る工程」のみにすることができます。
(上図の例では、BeforeではCO2 100㎏を豆腐とおからに7:3で割り当てましたが(割合は生産量や生産金額をもとに企業が決定します)、Afterではおからと共通する「大豆を絞る工程」だけを7:3で割り当て、残りの工程はすべて豆腐生産に関する排出量とみなしました。BeforeよりAfterのほうが、実際の排出量に近いとされています。)
他にも、分析単位を変えたり(例:ペットボトル容器のGHG算出ではなく、中に入れる飲料も含めてGHG算出を行うことで、ボトル容器と飲料の間の割り当てを避ける)、副産物のGHG量の算出に類似の製品や別の作り方で作られた同じ製品のデータを用いたりすることで、割り当てをできるだけ避けることができます。
リサイクル材を使った場合はどうすればいいの?
近年では、様々な製品でリサイクル材を使ったものが作られるようになりました。リサイクル材100%の製品も登場しており、環境意識の高まりを感じています。
製品基準では、原材料はバージン材=新品の材料を使うという前提で設計されていますが、リサイクル材を用いて製品を製造した場合の算出方法も記載されています。
リサイクル材を用いてGHG量を算出する方法には2種類あり、クローズドループ近似法(エンドオブライフアプローチ、リサイクル性代替アプローチなどとも)とリサイクル含有率法(カットオフ法とも)と呼ばれています。
クローズドループ近似法は、製品のライフサイクル内から発生した(=クローズドループ)、すなわち調査している製品からリサイクルされた材料を、材料の一部として投入するというコンセプトです。
この方法では、ライフサイクルの最後の段階において、調査している製品をリサイクルする工程のGHG排出量を算出するとともに、生産工程で投入したバージン材の一部をリサイクル材に置き換えるという方法をとっています。
一方のリサイクル含有率法は、製品のライフサイクル外からの(=オープンループ)リサイクル材を使用するという考えのもと作られています。
クローズドループ近似法と異なり、ライフサイクルの最初の段階で、使用するリサイクル材のリサイクル工程のGHG量を算出することとなります。
データの「不確かさ」はどうすればいい?
数値の計測や推定には、誤差がつきものです。製品基準の第10章では、測定誤差や不確かさなどの「不確実性」を理解し、解釈する方法を記載しています。
報告書における不確実性には、直接排出データや地球温暖化係数などの「パラメータ(数値)」の不確実性、計算手法の違いによる「シナリオ」の不確実性、複雑なモデリングなどそれ以外の原因で発生する「モデル」の不確実性があります。
当然、不確実性は少なくしたほうが良い報告書ができますが、それには限界があります。それよりも、不確実性のありかを特定し、その大きさや対処の優先順位を評価し、改善し、それらを公表することが、報告企業には求められています。
集めたデータから排出量を算出するには?
いよいよ、集めたデータをもとにCO2排出量を計算していきます。ここからは算出に使用する数式と、その数式をどう解釈するかをご紹介します。数学が苦手な方も、文章で説明していますのでぜひご参考にしてください。
直接排出データから算出する場合
kgCO2e = 直接排出データ [kg GHG] × GWP [kgCO2e/kgGHG]
【解釈】製品から排出されたGHG量(=直接排出データ)に、そのGHGのGWP(地球温暖化係数:GHG 1㎏がCO2 何kgに相当するかを表した係数)を掛けて、二酸化炭素に換算した値(kgCO2e)を算出します。
それ以外のデータから算出する場合
kgCO2e = (工程・財務)活動データ [unit] × 排出係数 [kgGHG/unit] × GWP [kgCO2e/kgGHG]
【解釈】製品生産の活動量(投入エネルギー量や材料の重さなど)に、活動量の1単位(1kWh、1㎏など)あたりのGHG排出量(=排出係数)を掛けてGHG排出量を算出します。さらにGWPを掛けることで、二酸化炭素に換算した値を算出します。
また、製品の材料などが光合成でCO2を吸収した場合、製品が大気中から除去したCO2の量を算出することができますが、この場合多くの企業は、製品に含まれている炭素の量のみを知っている状態になるでしょう。
このときは、炭素量に44/12を掛けて、二酸化炭素換算値を算出します(CO2の分子量は44、炭素の原子量は12のため、製品に含まれる炭素量に44/12を掛けることで、その製品が吸収した二酸化炭素の量を算出できます)。
全ての算出結果が出そろったら、全ての結果を同じ基準フロー(「GHG算出の範囲を決める」の項を参照)に合わせます。例えば、基準フローが製品10㎏で、算出結果が製品1㎏あたりの場合、その結果に10を掛ける必要があります。それが終わったら、全ての二酸化炭素換算値を合計し、分析単位当たりの二酸化炭素排出量換算値を求めます。
ちなみに、企業によっては、排出量取引などでカーボンオフセットを行っている場合もあるかと思いますが、オフセットの購入は製品のライフサイクルの外で行われるため、カーボンオフセットによるCO2の削減量は算出に含めることができません(排出量の算出結果と別に報告することはできます)ので注意が必要です。
報告書の質を保証してもらおう!
最後に、完成した報告書の品質を、利害関係のない人に保証してもらいます。報告書に保証を行ってもらうことで報告企業は、ステークホルダーからの信頼性向上や社内の算出・報告業務の一層の充実、その後の排出量算出の効率化など、様々な恩恵を受けることができるようになります。
保証は、自社内の報告書作成にかかわっていない人物(や部署)、もしくは企業に属さない人物から受ける必要があり、前者からの保証を第一者保証、後者からの保証を第三者保証と呼びます。信頼できる保証人の選択が、報告書が信頼性を持つために重要となります。
保証人は、検証もしくは批評的評価のどちらかを行います。検証は報告書の一般公開の前に記載内容の信頼性を評価するために、批評的評価は報告書と製品基準の原則の間の整合性を確保するために行います。
また、保証内容は、「重要な修正は必要ない」という消極的な文章で記述される限定的保証と、「製品基準に適合している」という積極的な文章からなる合理的保証があり、当然ながら合理的保証のほうが厳密さや必要な証拠の量、そして得られる信頼度が上です。
リソースが十分に割ける状況なら、データを集める段階から合理的保証を目指すことを意識して集めてみるのが良いでしょう。
最後に ~【翻訳してみました!】共有します!~
製品基準は全編英語で書かれているうえ、140ページ以上にも及ぶ非常に長い文章です。しかし、対外的な環境活動のアピール、株主などへの信頼感構築、社内の意識向上、そしてなにより製造コストの削減に繋がる、非常に重要なものでもあります。この記事がGHG算出の一助になれば幸いです。
また、当社のほうで製品基準を日本語訳したものもご紹介します。ただしこちらは翻訳が不完全だったり、レイアウトが崩れているところがあったりします。また、翻訳ミスや解釈違い等により生じた責任は当社では負うことができませんので、正確な理解をご所望の際は原文も合わせてお読みください。