なぜ水素が注目されている?
水素は宇宙でもっとも軽く、豊富に存在する元素です。そのため、単体ではほとんど存在しませんが、水やメタン、アンモニア等あらゆる物質に含まれています。燃やしても発生するのは水だけであるため、クリーンエネルギーとして注目されています。
(参考:環境省 低炭素水素の活用意義)
(出所)環境省 低炭素水素サプライチェーン・プラットフォーム
発電やモビリティに利用できるだけでなく、電化が難しい産業分野(製鉄プロセス、航空機など)や蓄電等、様々な用途で利用可能であることが水素エネルギーの特徴といえます。具体例としては、製鉄プロセスにおける天然ガスの代替燃料として水素を利用する、水素直接還元製鉄の実証が進められています。
(参考記事:水素を使った革新的技術で鉄鋼業の低炭素化に挑戦)
単体としての水素を製造する方法の1つとして、水を電解して水素と酸素を取り出す方法があります。
ここで必要となる電力を再エネとすればカーボンフリー水素※が製造でき、余剰電力を活用すれば蓄電手段ともなります。
※製造時にCO₂を排出しない「カーボンフリー水素」には再エネを利用した水電解の他にも、原子力発電による水電解、化石燃料+CCS(二酸化炭素回収・貯留)があります。ただし、これらに対する各国の見解は様々です。
ドイツのように化石燃料+CCSを「ブルー水素」と分類し、再エネ電解による「グリーン水素」のみ(原子力も除く)が長期的に持続可能だという方針を示す国もあれば、フランスのように再エネ・原子力による電解を将来のクリーン水素製造方針としている国もあります。
“クリーン水素”の定義に関しては、国際標準化が検討されているところです。
◆余剰電力の活用についてはこちらをご覧ください。
太陽光の余剰電力、有効に使えてますか?Power to Gas (P2G) ~水素を活用した余剰エネルギーの有効利用~
各国の水素政策
日本政府は、2017年に水素基本戦略、2019年に水素・燃料電池ロードマップを策定するなど各国に先駆けて水素社会への方針を示してきました。
国際的な水素活用への動きは昨今急拡大しており、特に2020年は各国が大きく動き出した年でした。
2020年6月にドイツ、7月にEU、9月にフランスが水素戦略を発表しました。EUは戦略の発表とともに「クリーン水素連合」を発足させ、官民連携の基盤も整備しています。この連合では、水素戦略実行に向けて、2030年までに4300億ユーロ(約54兆円)規模の投資を見込んでいます。
出所:経済産業省 総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会第32回資料「エネルギー基本計画の見直しに向けて」
中国政府も2035年までに新車販売の全てを環境対応車(50%以上を※EV, PHV, FCVで定義される新エネルギー車、残りをHV)にするという目標を示し、FCVについては100万台の保有目標を掲げました。FCVの普及に取り組む「モデル都市」に対しては、4年間で最大17億元(約270億円)を支給することも発表しています。
※EV:電気自動車、PHV:プラグインハイブリッド車、FCV:燃料電池自動車、HV:ハイブリッド車の略称。
「新エネルギー車」はNEV(New Energy Vehicle)と呼称される。
日本でも民間が動き始めた!
このようにグローバルな水素関連市場が急拡大する中、日本はどうなっていくのでしょうか?ガソリン車で世界を牽引し、その産業構造に下支えされてきた日本のものづくり産業は大きな転換を迫られています。
そんな中、2020年12月7日、トヨタ自動車・三井住友フィナンシャルグループ・岩谷産業の代表取締役会長を共同代表とする「水素バリューチェーン推進協議会」が発足しました。
日本の産業界でも水素を取り巻く動きが活発化しています。発足当初の会員は88社であり、発足イベントには梶山経済産業大臣も出席するなど、官民一体の取り組みが期待されます。
参加企業88社一覧 (出所:水素バリューチェーン推進協議会について)
具体的な活動としては
水素普及への論点整理、情報収集(1、2月)
→ 政策提言(2月)
が予定されています。
現場の声を抽出し、産業界にとって実現可能性の高いビジョンを提示することが出来れば、政府の積極的な採用が期待されます。また、多くの事業者による連携が促進される重要な契機でもあり、今後の動向に注目が高まります。
カーボンニュートラル実現に向けた水素の役割
2020年10月26日、菅首相は「2050年までにカーボンニュートラル実現」という目標を表明しました。その達成に向けた産業成長戦略として、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」が策定されました。(2020年12月25日)
ここではカーボンニュートラル実現に不可欠な14の重点分野について実行計画が示されていますが、その1つに「水素産業」が挙げられています。
出所:成長戦略会議(第6回)資料1 「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」
グリーン成長戦略では、政府の投入するグリーンイノベーション基金や税制を軸に、民間投資の促進を図っています。
グリーンイノベーション基金の支援対象※として挙げられた3分野の中には「水素社会の実現」があり、「カーボンニュートラル社会に不可欠で、産業競争力の基盤となる」ものとして重要な役割が期待されています。
※国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に2兆円の基金を造成。
カーボンニュートラル社会に不可欠で、産業競争力の基盤となる、①電力のグリーン化と電化、②水素社会の実現、③CO₂固定・再利用等の重点分野について、本戦略の実行計画を踏まえ、意欲的な2030年目標を設定(性能・導入量・価格・CO₂削減率等)し、そのターゲットへのコミットメントを示す企業の野心的な研究開発を、今後10年間継続して支援。
さらに、発電構成の1つとしても水素が明示され始めています。
これまでエネルギーミックスの中に「水素」が明確に位置付けられたことはありませんでしたが、最近の議論で初めて「水素・アンモニア発電」が登場しました。具体的な割合等はこれから議論される予定であり、10%程度というのは現段階の政府案にすぎませんが、今後発電構成の一端を担う存在となることは間違いありません。
出所:成長戦略会議(第6回)資料1
水素発電は、既存の火力発電設備を改修して利用できるというメリットがあります。しかし、燃料となる水素供給にはコストやサプライチェーンの課題が山積みで、専焼化技術も未熟です。さらに、代替方法のある発電に貴重な水素を利用すれば、水素を唯一の脱炭素化手段とする電化困難分野への供給が減少してしまうという懸念もあります。
そのようなバランスを探り、国際連携や技術開発を推進することが重要であるとともに、どれだけ民間の動きが進むかが鍵を握るといえます。
まとめ
脱炭素社会の実現を考えるうえで「水素」は非常に重要な資源であり、国際的にも日本国内でも普及に向けた様々な方針が示されています。
このような潮流の中で忘れてはいけないのは、水素そのものが正義ではないということです。従来の一般的な製造方法では製造過程でCO₂排出を伴いますし、再エネから製造された水素でも、海外製造ならば輸入プロセスで温室効果ガスを排出します。
「水素」はあくまでも脱炭素化の手段であり、その道筋の中で捉えることが大切です。重要なのは、背景にある脱炭素化を見据えた取り組みとなります。これは産業を停滞させるものではなく、産業成長にもつながるものです。
グリーン成長戦略の中ではカーボンニュートラルに向けた投資促進税制の創設が掲げられており、脱炭素化に貢献する設備導入に対して税額控除や特別償却の措置がとられる計画となっています。
このように脱炭素化に向けて取り組む主体に対して、追い風となる仕組みが沢山登場しています。新たなエネルギー関連ビジネスとして注目されている「水素」をきっかけに、成長に向けた脱炭素化の重要性を認識して頂けたでしょうか。「水素ビジネスに興味がある」「脱炭素化って何から始めればいい?」等ご関心を持たれましたら、お気軽にお問い合わせください。